ichinoseyuta!

一ノ瀬雄太/24歳。I play guitar in a band called kaisoku Tokyo.

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言い草

iigusa.jpg

なんかいい言葉だよな。道草みたいで。
っつかなんで道草なんだろうな。道草くうっていうけど、くわねーよな道端の草なんか。

なんだその言い草はっ、ってお前の言い草がなんなんだよなマッタクw

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友達とお酒を飲みながら話していたりすると、けっこう余計な事を言ってしまうというか、あとで思い出して「ちょっと言い過ぎたな・・・。」とか、「あんなこといわなけりゃよかったなあ」なんて思ったりします。

これはなんとなく自覚している事なんだけど、僕はちょっと言い方がキツくなったり、偉そうに話したりすることがある。すごく断定的にものを言ったり、「絶対こっちのがいいよ!」みたいな言い方しちゃう事結構ある。

でも、正直言って僕は人一倍、優柔不断だと思うし、そんなになんでも確信を持って行動してるわけじゃないんです。むしろ、たいして行動や発言に責任持ってないから言えたりしてるんだと思います。だからあんまり信用してもらっちゃっても困っちゃうわけです。

けど、自分の意見を言うときに、自分が、こうありたい!とか、こうであるべきだと思う!ということを若干偉そうに話す事で、自分の考えがまとまるって言うか、そのあとの行動が、楽になる。なんか、ちゃんと意志を持って選択したような感じになる。これがいいのかどうかはわかんないけど、けど、常に周りに意思表明してると、自分の中のいらない考えが消えていく感じがする。

だからまとめると、自分の考えをハッキリとした言葉で喋る、っていうことが一番自分の考えを整理する方法だなあ。と思います。

いろんな人の話を聞いたり、文章を読んだり、作品をみたり、
最近では特にweb上で、いろんな人格の人の意見や作品をみる機会が爆発的に増えているから、
いままでに増して、「こういうときはどっちにしたらいいだろう」とか、「本当はどっちがいいんだ?」みたいな選択に迫られる事はいっぱいあります。つまり情報が多すぎて、選択肢のどちらも魅力的に思える。


こないだtwitterで友達が書いてたので面白かったのが英語表記の問題。
webサイトをつくる時に、ホーム画面のメニュー部分を英語にするか日本語にするか、っていう、それだけの話なんだけど。

英語圏以外のデザイナーにとってはすごく重要な問題で、特に日本はアルファベットをもともと使う国ではないから、英語で表記されていても意味がわからないって人がいる。
そもそも、日本人が日本人の見るもの作ってるんだから、英語の入る余地なんかねーじゃねーか、っていう意見もあると思う。急に英語で話しかけるようなもんだもんね。

だけど、英語で書いたほうがデザイナーにとってデザインしやすいっていう場合も超いっぱいあるわけで、アルファベットっていうのは幾何的に設計されているから、画面の構成を考える上で扱いやすかったりする。
単純に英語のほうがかっこいいじゃん、っていう意見も、僕はあんまり同意したくないけどわからなくもない。
しかも、日本人は義務教育という徹底した教育制度のおかげで基本的にはほとんどのひとが英語でも認識できる。

もうこういう問題って言うのは、どっちが上!とかコレは不正解!とかの話ではなくて、自分のスタンスとしてどちらを選択するか、っていう問題なのだと思う。小さい話かもしれないけど、こういうところにその人の哲学は表れるなあ、と思う。自分の立ち位置の問題。僕の主義はこうです!っていう。こうあるべきなんです、っていう。

選択肢は無限にあるわけで、どっちに行っても、どんな選択をしても、それなりに上手く行く保障ってのはあるような気がする。

英語表記のことは、けっこう特別な例かもしれないけど、
けど、日常で現れるどんな選択肢にも、明らかな不正解って実はそんなに無いような気がして。ようは、どっちをとるか、どっちのほうが自分らしい選択なのか。これだけでいいんだと思う。

トカナントカ書いてたら、またまた偉そうな事かいてますね僕。
でもまあ、これも自分の意思表示。なるべく、自分で言った事ぐらいは信じていこうと思います。そんくらいが、僕らしいんです。









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  1. 2010/01/30(土) 04:24:21|
  2. 未分類
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
<<デザイン | ホーム | 快速東京です。>>

コメント

長文失礼します、私の見解です

デザインの在り方とか言っちゃうと、それは個々いろいろ考え、やり方があるわけで、断定できるものではありません。

ただ、Webってことに限定すると、話がちょっと変わってきます。Web標準とかWebにおけるアクセシビリティ、ユーザビリティってものが、今世界中で話し合われていて、「全ての人が分け隔て無く情報を得られるように、みんな、ここまでは頑張ろうよ」っていう“みんなで決めた基準”があるんです。

もちろん、その基準を満たすのはとても難しいことです。しかし、お年寄りや、目の不自由な人が「見ることができない」っていう状況は無くしていこう、そういう意気込みで努力する姿勢は、Webを作っていく立場の人間として、大事なことだと思います。

英語表記は、その基準に引っかかる問題です。Webというのは、いろんな年代、いろんな立場の人が見ます。読み上げる声を頼りに、音で内容を聴いている人もいます。そんな中、無意味に(見栄えだけのために)バラバラの言語を使ったらどうでしょうか。

私が、みんなの反感を買うことを承知の上で、あえて強く意見したのは、デザイナーとかクリエイターを名乗る方々が、あまりにも無知であることに、若干怒りを覚えたのです。

これは、答えのない議論ではありません。まずは、みんなが話し合い、決めたルールに乗っ取って欲しいのです。そんなことも積極的に知ろうとせず、デザインとは何だ、Webは自由だ、と主張するのは、単に世間知らずでしかありません。世間からデザイナーが馬鹿にされても仕方ありません。
  1. 2010/02/01(月) 08:44:18 |
  2. URL |
  3. arinoki #9GyalRzk
  4. [ 編集]

長文ありがとうございます。

arinoki とその他の委員との会話を聞いたわけじゃないので、どんなやりとりがされたのか知らなかったのだけど。すみません、なにもしらないのに首つっこんじゃって。
しかも勝手にブログに書いちゃって。

コメントありがとうございます。

パソコンの読み上げ機能って、「そういやあるな」くらいにしか思ってなくて、実際に使った事ないからどういうふうに読んでくれるのかも知らないし、
しかも身近に目の見えない人がwebを使ってるって言う状況もなかったので、想像したこともありませんでした。

たぶん、「Webにおけるアクセシビリティ、ユーザビリティ」って話は、うちの学科でグラフィックデザインやってる人たちが今知らないのはしょうがない、今の時点では。
そういう知識に関して、まだ教えられる人が大学(特にうちの学科)にいないって言うのも事実。だって四年間いたけどそんな話しした人いた?俺が話し聞いてないだけだったらすんません・・。

けど、やっぱ「知らない」、「関係ない」じゃ済まされないもん作ってるんだなっていう、
バンドのフライヤーつくって配るっていうのとはレベルが違う話しなんだなって思いました。

その読み上げ機能ってflashとかでもちゃんと読んでくれるの?
ブログパーツで曲がながれるやつとかってそいういう人にとってはやっぱ迷惑なの?
ルパンのブログパーツとか、何が起きてるのかわからないのかなあ。

ちょっとそういうことって考えもしなかったので、今後は考えていこうと思います。
キッカケつくってくれてありがとう。いつも君の話は勉強になります。
  1. 2010/02/01(月) 10:34:21 |
  2. URL |
  3. ichinoseyuta! #-
  4. [ 編集]

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